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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)10086号 判決

原告 長谷川神太郎

右訴訟代理人弁護士 檜山雄護

被告 土肥秀基

右訴訟代理人弁護士 大場勝男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金九一万九、〇〇〇円及びこれに対する昭和四四年一月一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一  原告は、肩書地において「サカエスタンプ」なる商号で中古コイン等の販売を業とする被告と中古コインの取引を通じて数年前から近附きとなった。

二(一)  原告は昭和四三年五月二八日頃被告から「真正な太閤二分金である。」といわれ中古金貨一枚を金一六万五、〇〇〇円で買受けた。

(二)  原告は同年九月中旬被告から「明治四年鋳造の旧十円金貨三枚を所持している者が処分するため上京している。一枚二〇万円だが三枚まとまるから一枚一八万円で譲ってやる。自分は不在となるが、弟に任してあるから来店してほしい。」旨告げられたので、被告の店舗に赴いたところ、被告の実弟がその者が持参した旧十円金貨であると称して≪証拠省略≫を示し原告にこれを買うことを勧めた。そこで、原告は真正なものとして右金貨三枚を金五三万円で被告と意を通じた被告の実弟から買受けた。

三  しかし、前記二(一)の中古金貨は真正な太閤二分金ではなく地金程度の価値しか有しないものであり、また、同(二)の十円金貨三枚も完全な偽造品であることが判明した。そして、被告はこれら金貨が真正でないことを知り、または過失によって知らずに自ら又は実弟を通じて真正なものとして原告に対し買受けることを勧め、原告をしてその旨誤信させ原告から代金名下に前記金員を騙取したもので、原告は被告のこの不法行為によって次のような合計金九一万九、〇〇〇円の損害を蒙った。

(一)  金一六万円

前記二(一)の中古金貨につき原告が支払った金一六万五、〇〇〇円から右金貨の地金代相当額金五、〇〇〇円を控除した額

(二)  金四九万四、〇〇〇円

前記二(二)の十円金貨三枚につき原告が支払った金五三万円から右金貨の地金代相当額金三万六、〇〇〇円(一枚につき金一万二、〇〇〇円の割合)を控除した額

(三)  金六万五、〇〇〇円

前記二(一)、(二)の金貨につき原告が昭和四四年七月二五日鑑定を依頼した日本貨幣商組合に支払った鑑定料

(四)  金二〇万円 慰藉料

よって、原告は被告に対し損害賠償として以上合計金九一万九、〇〇〇円及び不法行為後である昭和四四年一月一日以降完済に至るまで年五分の割合による民法所定の遅延損害金の支払いを求める。

四  なお、このほか、原告は被告との間で昭和四三年九月三日頃被告の所持する時価金二五万円相当の真正な慶長丁銀であると称する中古銀貨と原告の所持する真正な小型五〇銭銀貨、天保銭五〇〇枚及び昭和六年鋳造の十銭白銅貨一枚(以上時価合計金二三万円)を交換したが、その後、右中古銀貨は真正品でないか、真正品であるとしても浸蝕著しく商品価値の低いものであることが判明した。そこで、原被告は、原告の告訴により詐欺事件として捜査中であった東京地方検察庁において、昭和四五年三月一七日右中古銀貨につき、「被告は原告に対し金一四万円を支払い、原告は被告に対し右中古銀貨を返還する。」ことで示談をし、それぞれ相手方に対し履行した。

と述べ(た。)≪証拠関係省略≫

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として

一  請求原因一の事実は認める。同二の(一)の事実は認める。但し代金は金一五万円であった。同(二)の事実は否認する。同三の事実は否認する。同四の事実のうち、原告と被告が原告主張のとおり慶長丁銀と古銭を交換したこと、原告主張のような示談が成立したことは認めるが、その余の事実は否認する。

二  原告に対し太閤二分金として売却した中古金貨は、真正なもので、被告が第三者から販売を委託されていたので、金三五万円以上で入札販売する旨業界誌に広告していたが、買手なく委託者に返還するつもりでいたところ、原告の懇願により委託者の了解を得て金一五万円で売却したのである。

三  旧十円金貨は原告が被告の店頭を利用して直接第三者から買ったもので被告はなんら右売買には関与していない。すなわち昭和四三年九月中旬午前一一時頃被告方に初めての客から「旧十円金貨を売りたいので、夕方行く」旨の電話があったが、被告はかねて原告が旧十円金貨の入手を希望していたので、原告に対しその旨を伝え、「自分は九州出張となり不在だが買受けを希望するなら夕方来店するように。」と申添えた。当日夕方原告は被告不在中来店し、旧十円金貨三枚を売りにきた客と直接交渉して、これを買受けたのである。

と述べ(た。)≪立証省略≫

理由

一  請求原因一の事実及び中古金貨の価格の点を除き請求原因二の事実は当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫によれば、真正な意味での太閤二分金とは天正年間に秀吉の命により鋳造された金貨を指すが、かかる金貨が現存するかどうかについては、これに関する古文書等の詳細な資料に乏しいので、貨幣業者の間でも見解のわかれるところで、本件の中古金貨が太閤二分金であるか否かの真偽を判定することは困難であること、しかし、本件の中古金貨は精巧に鋳造されており少くとも江戸時代もしくはそれ以前の作と判定され、これを真正な太閤二分金として取引の対象する貨幣業者もあるものと考えられ、真正な太閤二分金又はその参考品といわれている池田某、谷部某及び大阪造幣局保有の金貨と対比し、本件の中古金貨をもって明らかに太閤二分金ではないとまで断定することはできないこと、被告は「大日本古金銀貨大全一目表」、「古銭の集め方と鑑賞」「日本古金銀価格図鑑」等の文献上で太閤二分金の存在が認められており、かつ本件の中古金貨にある金さび、裏の刻印等からみて自己の貨幣商としての経験に照らして本件の中古金貨を真正な太閤二分金と信じて原告に売却したものであることが認められる。この事実によれば、厳格には本件の中古金貨の真偽はいずれとも容易に断定しがたく、結局、被告はかかる品であるにもかかわらず、これを真正品として売却したということに帰するが、かかることはひとつ古銭に限らず古い年代に作成された品の取引には多くつきまとう危険で買い主としても全く予測し得ないわけではなく、その責を一方的に売主に負わしめるのは相当ではない。本件においてこれを見れば、その真偽につき意見がわかれている前記のような貨幣業界の現状のもとで被告が右に認定したような相当な根拠をもって本件の中古金貨を真正な太閤二分金と信じて原告に売却している以上、被告の行為か直ちに不法行為を構成するものということができない。(本件では売買価格も争われているが、その差は僅少であり、そのいずれであっても右判断を左右することにはならない。)。

二  次に旧十円金貨の点について判断を進めると、≪証拠省略≫によれば、昭和四三年九月中旬の午前中被告方にはじめての客から「明治四年鋳造の旧十円金貨三枚を売りたいので夕方店に行く。」旨の電話があったこと、当時原告は被告からしばしば古銭を買っていたので、被告は直ちに原告に対し電話でその旨を伝えると共に、「同夜九州方面へ出張の予定であるため在店できないから直接売りに来た客と取引してほしい。」旨申添えたこと、そこで、原告は同日夕方被告方に赴き、同じ頃旧十円金貨三枚(検甲第二号証の一ないし三)を売りに来た客と直接売買交渉をし、自ら拡大鏡で観察する等した後右三枚を金五三万円で買受けたこと、被告は前記のように出張のため不在で実弟の憲一が店番をしていたが、同人は当時大学受験の予備校生で古銭に関する知識に乏しく単にその場に居合わせたというだけで原告らの売買交渉に口出し等はしなかったことが認められ、この認定に反する原告本人尋問の結果は措信することができない。しかして、原告が旧十円金貨として買受けた検甲第二号証の一ないし三が偽造品であることは当事者間に争いがないが、右の事実によれば、原告は被告方に来た客から直接これを買受けたもので、被告は単に売手を原告に紹介し、店頭を取引の場として貸したにとどまるから、原告が右のように偽造品を買受けたことにつき前記客と被告との間に共謀関係を認むべき証拠がない以上被告に不法行為責任はない。もっとも、前掲証拠によれば、憲一は右買受後原告から金五、〇〇〇円を受領していることが認められるが、右金員は単に店頭を借りたことに対する謝礼と解され、右の程度の事実から直ちに被告の不法行為責任を認めることができないことはいうまでもない。

三  なお、原告が被告との間で、被告の所持する中古銀貨を真正な慶長丁銀であるとして、原告所有の金二三万円相当の古銭と交換したことにつき、詐欺事件として告訴し、その後東京地検において、原被告間に原告主張のような示談が成立したことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、右慶長丁銀は仮に真正品であるとしても、その商品価値は低いものであることが認められた。しかし、かかる事実があったからといって、直ちに太閤二分金及び旧十円金貨に関する原告の不法行為の主張を裏付けることになるものではない。

四  よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松野嘉貞)

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